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登校停止処分...
10月10日 【教育】
中学校で、教師に手の負えない生徒の「登校停止処分」のニュースをテレビニュースでやっていた。文部省でも「登校停止処分」の強化に乗り出した。先生の言うことを聞かない生徒と、その他の生徒の「学ぶ権利」を保証するためという解説だった。生徒を指導できない先生であるのか、本当に先生の言うことを聞かない生徒であるのか、本当のところはわからない。その議論は後日深めるにして、埼玉県では「一芸教員採用」が平成5年から実施している。生徒にとって魅力ある個性的な教員を採用することと、受験資格を50歳までとして、人生経験豊かな教員の採用を目的としている。このような採用が今回の登校停止処分するほどの生徒との関わりや、指導に役立たないものなのでしょうか。採用の結果と今後の活躍振りに期待したいものである。
9月24日 【教育改革国民会議】
教育改革国民会議(座長、江崎玲於奈ノーベル賞受賞者)の「中間報告」が出されました。このごろキレル子供が増えているそうです。つらい逆境に絶えられる人づくりがなされているでしょうか。家庭が安心して休める場所で、子供も親も癒されているでしょうか。子供に対して異常なまでの過保護、干渉。学校では偏差値教育。内申書重視の教育。このような状況では、すぐにキレル子供が育ってもおかしくありません。イライラしているんですね。小人数学級を目指したり、奉仕活動を強制したり、子供の立場に立つ教育とか、意味は分かるんですが、どのように進めるんでしょうか。子供は両親を中心とした社会の正しい愛情によって育まれるのであって、無理をして子供をロボットように考えること自体間違いが起きないかとかえって心配です。私達の世代は、戦後民主主義で育ってきましたが、1クラス50人以上もいたクラス編成の時に不自由を感じませんでしたし、強制されなくとも、家庭の仕事を手伝ったり、奉仕活動と言われなくても自然に社会との関わりを覚えてきた気がします。あの時の貧しくとも豊かな人と人のつながりは、なんだったんでしょうか。「民主主義は平等」と教えられ、権利を主張して義務を履行する。どこまで義務を果たしたかが、問われていると思います。団塊の世代として、責任も感じつつ、今回の中間報告、あなたは何を感じましたか。
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